世間知らずの日々のきらきらとどろどろ。



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僕がハクビシンだったら
「努力したからといって絶対にできるというわけではない」と先日大人からご飯をごちそうになった時に言われた。

そのことは十分にわかっているけれど、だからといって自分がやりたいと思ったことを最初から「できない」と言って自分で自分自身の「芽」を踏みにじるようなことはしたくない。
13:11 / 携帯メールから更新する。 / comments(0) / trackbacks(0)
ひたひたと

あけましておめでとうございます。

今年も、どうぞよろしくお願いします。

ここは私のホーム。安心して帰ってこられる場所。定期的に更新できますように。

ここを更新できるということは、ある程度心のゆとりも、時間のゆとりもあることだから。



色んな出会いもあるでしょう。色んなことがあるでしょう。良い事も悪い事も、嬉しい事も悲しい事も、それは今まで通り繰り返されていくのでしょう。

でもそれは、一つ一つの大事な宝石。私の糧。同じように見えて全く違う私の宝石なのだ。

それを無駄にしないよう、自分にとって良い方向に進むように取り込めたらなあと思います。






愛燦燦/美空ひばり


JUGEMテーマ:ぼやき




21:17 / ひとりごつ / comments(0) / trackbacks(0)


もう今日で2011年も終わり。


高校の先生に「やりたいことはなんでもやってみなさい」と大学に入りたての頃の私に言ってくださり、

そのことを胸に抱えながら、とにかく「やりたい!」という気持ちを大事に大事に、自分の気持ちを自分で踏み潰さないようにしてきたような1年だったと思う。


サークルのこと、もう1つ1から立ち上げようとしているサークルのこと、一晩中歩き続ける会。

私は不器用だから、1つのことをじっくりじっくりやっていくのが一番良いというのはわかっているのだけれど、
だからといって、「やりたい!」という気持ちを声に出す前に心の中に押し込めてしまうのは良くないと思って、とにかくがむしゃらに、不器用ながらも色んなことにチャレンジし始めた一年でした。


正直、自分の首を絞めてしまったり、一つ一つのことに100%の力を注ぐことはできない時期もあって、勉強もおろそかになってしまった部分もあったけれど、

それはそれで、私の中で次に繋がる糧になったのだと思うことにする。


日本中、世界中の多くの人の心が動揺した日もありました。

色んなことがあの日から変わりました。

私は10月で20歳になったのですが、(よく考えたら、高校1年の時からだからかれこれ15の時からこのblogをやっているのですね)
あのときに、19、20歳だったということは、きっと何か意味があるのではないかという気がしてならないのです。

今しかできないこと、今その年代だからできること…。

そんな悶々とした気持ちの答えは2012年に持ち越しだけれど、きっと自分の中でふとした瞬間に答えが出るのではないかと考えています。

なんだってそうだけれど。






楽器は楽しくなってきた。とっても。頑張って良かった。辞めなくて良かった。

チャイコフスキーの5番が好きです。辛い時に頭の中を4楽章が巡る。



それでは良いお歳をお迎えくださいませ。




18:26 / 日々の暮らし / comments(0) / trackbacks(0)
19歳の手記




最近の私は駄目だ。駄目駄目だ。


弱い自分に完全に甘えきっている。


そこから脱しようと思うのだけれど、つい自分の弱い心がそれを邪魔して、脱せずにいる。

自分の中の悪魔の声に耳を傾けてしまう。


どうにかしなくては。誰かに助けてもらえるようなことではない。自分でどうにかするしかないのだ。



頭ではそうわかっていても、実際行動できなかったりするから、どうにかしなくては。


もしかしたら、心の底から、「脱したい」と思っていないのかもしれない。


絶対にこんなんでは駄目だってわかっているのに。


弱いなあ。







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22:53 / 考えてしまったことについて。 / comments(1) / trackbacks(0)
蕎麦屋



弱い男も嫌いだし、弱い女も嫌いだ。

そして、弱い自分も嫌いだ。そんなことを言っている自分が一番弱いっていうこと、ちゃんと知っている。


だから、自分を好きになるために強くなる。





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22:40 / ひとりごつ / comments(1) / trackbacks(0)
技くらべ









 世の中には、剣を持って立つ人、筆を持って立つ人、算盤を持つ人、あるいは鋤くわを持つとか、その他色々の職業があるが、しかし、秀でた境地と云うものは結局同じように私は考えている。そして、何でもよいから、一つの事に秀でると云うことは、大変愉快なことだと私は思っている。
 私はこう云う考えから、外を通るチンドン屋とか、紙芝居とか、物売りの声とかにしても、自分の芸の境地と比較して、いつも感心しているのである。そして、物事に秀でると云うことは、すべて熱心がもとであると私は思っている。

                 新編 春の海-宮城道雄随筆集-より「技くらべ」/宮城道雄、千葉潤之介編







私は、まだまだ下手くそで、私よりも練習量が少ない人のほうが正直演奏技術が高い。
どんどんどんどん、幅が広がっている。

正直、自分の弾けなさに苛立ちます。そして、器用にこなしていく人たちが羨ましくも思います。

でも、私は不器用だから、努力するしかない。地道に積み重ねていくしか道はない。苛立っても、羨ましく思っても何も変わらない。
受け入れていくしかないのです。

「熱心」に地道に練習をしたり、物事に取り組んでいけば、いつかは境地とまではいかなくても、上手くなれると信じて、頑張ります。

やっぱり、楽器好きだし。音好きだし。私のせいで、楽器本来の音色等の良さが出ないのは嫌だ。

また、どんどん苦しいこともまた増えてくる予感ですが、「熱心」を忘れず、頑張ろうと思っています。





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22:48 / 音の芸術について / comments(2) / trackbacks(0)
コートの色


たくさん歩いた。



午前中に融け始めてぐちゃぐちゃになった雪を踏みしめるために、私は長靴を履いていた。


もう午後になると雪は道路のはじっこに居心地が悪そうに小さくなっていたから、私の長靴はブーツばかりの都会ではとても目立ったし、長い距離を歩くのには都合が悪かった。



でも、長靴は好きだ。晴れの日に長靴を履いて帰った小学生の頃の気分にまたなれるから。



どんな場所にいようと。どんな境遇であろうと。










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19:12 / 日々の暮らし / comments(0) / trackbacks(0)
たそがれの予感




何にも知らない私は、もっともっと色々なことを知りたいと思うのだけれど、


逆に、知ってしまったら、その知識や経験に基づいた行動や考え方しかできなくなってしまうかもしれない


ということに、最近気付かされました。



知らないということは恐ろしいことだけれど(特に損得勘定でいくならば)


がっちがちの固い頭も嫌だ。


固くなる前の紙ねんどのような脳みそで出来るだけ長くいるには、一体どうしたらいいのだろうか。



多くのものを私は望みすぎているのだろうか。それを、完璧なひとというのだろうか。


でも、私は、そうありたいと思うのだ。





22:36 / 考えてしまったことについて。 / comments(1) / trackbacks(0)
呼吸





昨日の深夜(今日の明け方)

たまっていた、気を張っていたのが一気に緩んでしまった。


私ね、こうみえても頑張っていたの。


みんなにはみえないかもしれないけれど、ひとりよがりかもしれないけれどね、がんばっていたの。




私ね、頑張っていたんだよ。









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23:01 / 集団生活での話 / comments(0) / trackbacks(0)
鼻を刺激する。
日曜朝の渋谷バスターミナルに妊婦さん。もうすぐ生まれる新しい、まっしろな、きらきらしているいのち。でも、その陰でこの世で今まできらきらしていたいのちがどこかに飛んでいくということも、わたしたちはしっかりと心に留めておく必要があるように思った。生と死はいつでも隣り合わせだ。
09:11 / 携帯メールから更新する。 / comments(0) / trackbacks(0)
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